教育学部教員コラム vol.92

2015.06.01 こども発達学科 鈴木 公基

「話をするということ」

以前の教員コラムでも書いたことですが、臨床心理士でもある私はカウンセリングをする機会が多くあります。カウンセリングでは、クライエント(話し手。相談者)とカウンセラー(聴き手。相談を受ける者)とのコミュニケーションを通して、クライエントの心の問題を理解し、それにうまく関わる方法を見つけたり、また、気持ちを整理し穏やかな心持ちになってゆくことなどを目指した関わりが行われます。

 

そのクライエントとカウンセラーとのコミュニケーションの中で重要な役割を果たすのが「ことば」です。もちろん、カウンセリングでは「ことば」ばかりではない、様々な情報(たとえば、それが視線や声のトーンといった、非言語的情報とよばれるもの)も重要です。しかし、実際のやりとりが何を中心にして展開されてゆくのかと考えるのであれば、それは「ことば」を通してなされると考えてよいでしょう。

 

今回は、カウンセリングを行ってきた者の立場から、なぜことばでのコミュニケーションが大切なのか(もう少し気楽な言い方にするのであれば“いいものなのか”ということになるかもしれません)を考えてみたいと思います。そしてまた、カウンセリングを行うと、私たちがことばに対して暗黙のうちに思い込んでしまっていることもあり、それが人間としての生き方にややもするとマイナスに働いてしまうこともあります。したがって、ことばに関する私たちの課題についても考えていきたいと思います。

 

さて、「ことば」の“よさ”とはどんなことでしょうか。

 

1点目は、“自分が表現できる”ということです。ことばは、自分自身を表現する重要な手段です。もちろん、絵や音楽、あるいは、日常的な振る舞い方など、自分を表現する手段はほかにもたくさんあります。しかし、それらの表現は、「なんとなく」相手に伝わることを期待した表現の方法でしょう。一方、「ことば」による表現は、はっきりと、また、十分に相手に伝えることを可能とします。もし、自分の伝えたいことが相手に十分伝わっていないようであれば、やりとりの中でさらにちがったことばで自分の伝えたいことを表現していくこともできます。そのような意味では、ことばのやりとりは、自己表現の連続といえるでしょう。その証拠に、伝えたいことが伝わったときには、何ともいえない達成感や安心感を得ることができるのではないでしょうか。

 

2点目は、“自分の考えが整理できる”ということです。私たちは、日常的にいろいろなことを経験し、心には様々な刺激や情報が次から次へと入ってきます。そのような刺激や情報を放っておいたら、私たちの心の中(頭の中)はいつもごちゃごちゃしていて収拾がつかなくなってしまうでしょう。そこで重要なのが「ことば」です。たとえば、自分が何かウキウキした気分になっているとき、自分の気持ちを「ウキウキしている」ということばでとらえることができれば、自分自身の気持ちを理解することができます(普段からそれをとても当たり前のようにやっているので、あえて気づかないかもしれません)。また、悲しかったり、いらいらしたときに、その理由を考えてみるときにもことばが活躍します。たとえば、「家族から『勉強しろ』って言われたのがムカつく」「ひとりぼっちはさみしい」など、ことばによって考えていくことによって、感情の理由について自分なりに確認・整理してゆくことができます。このコラムを読んでいたら、みなさんが自分の心の中で(頭の中で)どれくらいつぶやいているのか、少しだけ気にしながら生活してみてください。声には出さない独り言がとても多くあることに気づくでしょう。それらは、ことばによって考えを整理するための独り言なのです。

 

3点目として、“ことばには前に進む力を与えて”くれます。ことばは心を整理することは先ほどお話ししましたが、自分が行動しようとするときにも、自らに声をかけていること(それは実際に声を出す場合もあれば、心の中で声に出す場合もあるでしょう)が多くあるでしょう。特に、しっかりやりたいとき、頑張りたいとき、は必ずといってよいほど、自分に声をかけています。つまり、ことばは前に進むための重要な手段なのです。うまく自分を励まして、うまく自分を前進させることができる。そのような人は、おそらく自分へのことばかけがとてもうまい人たちであるだろうと思います。もしあなたがそのような人であれば、あたなが重要な武器を持っていることを確認してください。

 

次にことばの課題についても見ていきましょう。このことは、なぜ現代社会においてカウンセラーが求められるのか、ということから考えていきたいと思います。

 

課題の第1点目は、“ネガティブなこと”特に“自分のネガティブなこと”については、私たちはあまりことばにしていない、ということがあります。たとえば、友達とけんかをしてしまったときに、自分のマズかった点や、自分にとっての劣等感といった事柄については、ことばに出すことはあまりありません。ネガティブなことは忘れたい、というのが私たち人間の性なのです。しかし、ひとりひとりの人間や世の中に思いを巡らせてみると、いいところばかりでできあがっているものなどなく、すべてのものにいい面と悪い面、ポジティブな側面とネガティブな側面の両方があります。つまり、それらどちらをも認め、受け入れることが心にとっては大切なことなのです。あなたに、もし、ネガティブなことも話せる大切な人がいるのであれば、なおさら、大事にしてもらえればと思います。

 

課題の第2点目は、仲がよいからといっていろいろなことを話すとは限らない、ということです。仲がよい人には、いろいろなこと、すべてのことを話せると思いがちになるかもしれません。むしろ、仲がよいから話をすることができない、という場合もたくさんあります。仲がよいからこそ、「ヘンな風にみられたくない」「相手に嫌な思いをさせたくない」という気持ちが先行してしまい、話したいことを話さなくなってしまうことが多くあります。私たちにとって大切なのは、自分のことばを様々な角度から聞いてくれる、ちょうどよい距離感を持った人々だ、ということもできるかもしれません。

 

とにかく、みなさんは、いろいろな人といろいろなことばでのコミュニケーション(おしゃべり、といってもいいでしょう)をとっているかと思います。そのなかでは、とても楽しく心地いい経験を積み重ねていることでしょう。ただ、自分が考えているいろいろなこと、を本当に話しているのかは、振り返ってみるとよいでしょう。現代社会においてカウンセラーが必要とされるのは、この「本当に話したいこと」を必ずしも多くの人たちが話すことができていないからなのかもしれない、と考えています。みなさんが、もし、誰かともう一歩踏み込んだ関係を求めていきたい場合には、これまでにお話ししたことを参考にしてもらえるといいかもしれません。

 

みなさんのまわりに、いろいろなことばでやりとりのでき、本当に話したいことを話すことのできる人が、これまでも、これからもいてくれますよう、願っています。

 

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鈴木 公基(こども発達学科)

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